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眠りにつくころ

今日もいい日だったと思えるように。不器用なりに日々の生活を工夫して暮らすブログ。

わざと話さないわけじゃない。私が場面緘黙症を克服するまでの体験記。

考え方・思うこと-心 考え方・思うこと

特定の状況で話せなくなる「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」

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こんにちは。おもち(@sd_marisuke)です。

 

私は小学生の頃、転校をきっかけに「場面緘黙症」となりそれが1年以上続きました。

 

あるきっかけでたまたま克服出来たのですが認知度も低く、誤解も多い症状なのでいろいろと苦しい思いをすることも。

 

今日はその体験記を綴ろうと思います。

 

あくまで一個人の体験記であり、同じ場面緘黙症に苦しむ人でもその要因や家庭環境、性格などは異なりますのでそこはご理解いただけたら幸いです。

場面緘黙症とは

言葉を話したり理解する能力は正常で、家ではごく普通におしゃべりすることが出来るのに、学校などの特定の状況では声を出したり話したりすることが出来ない状態が1ヶ月以上続く状態のことをいいます。

 

症状には個人差があり、学校だと全く話せない子や親しい友人の前だけだと少し話せる子、先生がいると全く話せない子など様々です。

 

発話だけでなく表情や動作がこわばる、思うように動かせない場合もあるようです。

 

私は学校や、学校外でもクラスメイトがいる場面では全く声が出ず、表情も動きませんでした。

 

無表情で全く声を発しない転校生はさぞかし不気味だったでしょうね・・・。

 

家では親から「もういいよ」と言われるほどのおしゃべり。他の兄弟と一緒になってわあわあぎゃあぎゃあ騒ぐような普通の小学生です。

 

私は幸運にも2年弱で良くなりましたが、中には10年やそれ以上長期に渡って苦しむ方もいるようです。

 

なぜ発症するのか

原因や発症メカニズムはまだ研究段階。ただ、発症するのは元々新しい刺激に大して敏感に反応しやすい子が多いようです。

 

私も当てはまります。不安になりやすく、今でも新しい環境に慣れるまでとても時間がかかります。

 

転校で環境がガラリと変わったことをきっかけに、不安が高まり発症したのではないかと思います。

 

遺伝や親のしつけは関係ない

場面緘黙を「親からの遺伝」「愛情が足りないから」「過保護に育てたから」「家庭環境が悪い」と勘違いする人もいますが、それは誤解です。

 

それらはほとんど関連性がないことがわかっており、海外ではその啓発が盛んに行われています。

 

私が学校で話せないのを、父親が母親に「お前のせい」と責め立てていたのはとても心苦しかったです。

 

同じように勘違いしている人がいたらどうか違うと教えてあげてください。

 

ただ大人しいとは違う

「話せないのはただ大人しいだけじゃ?」と思われるかもしれませんが、そうではないんです。

 

だって私は元々ガキ大将タイプ。女だけど。

 

声が出ないだけで、ジェスチャーを交えながらクラスメイトとの交流は行っていましたし、からかってくる男子はボコボコにして先生に叱られることもありました。

 

ただ声が出ないんですよね。

 

場面緘黙になる子は大人しい性格の子が多いようですが、違いは「特定の場所、状況だけで話せない状況が長期に渡って続く」「特に緊張するような場面でなくても話せないことが続く」ことかと思います。

 

わざと話さないと誤解される

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 当時はインターネットも今ほど普及しておらず、場面緘黙について知っている人はほとんどいませんでした。学校の先生さえも。(最近では多くの先生に認知されるようになっているようです)

 

私自身も全く聞いたことがなく、大人になってカウンセリングを受けたときに当時の状況が「場面緘黙症」だとようやくわかったのです。

 

そのため、当時は「わざと話さない」「反抗的な態度をとっている」と誤解されることも多かったです。これが一番きつかった。

 

勉強は出来たから、先生に「わかってるくせに答えない!」「大人をばかにしてる!」と何度も叱られました。「無表情で子どもらしくない、もっと笑え。」「不愛想」なども言われましたね。

 

一番覚えているのは教科書を忘れてしまったときのこと。

 

筆談で「教科書を忘れてしまいました、ごめんなさい」と休み時間に先生に報告しに行ったのですが、「ちゃんと口に出して謝りなさい」と言われて困りました。

 

やはり筆談で「声が出ません、悪いと思っています。次からは気をつけます、ごめんなさい」と伝えようとしたのですが、書いている途中で「ばかにするな!」とノートと鉛筆を払われてしまいます。

 

それから「忘れ物をして反省していない罰」として「エレベーター」(こめかみの髪の毛を掴んで上にひっぱり上げる罰。痛い)をされそうになったので暴れて脱走。

 

その後、親呼び出しをくらい「しつけがなってない」「頑固すぎる」と親ごと叱られました。母にも申し訳なかったですし、「声さえ出ればなあ・・・」と一番強く思ったときでした。

 

別のパターンだと授業中クラスが騒がしいときに、「うるさい!みんなおもち(私)さんを見習いなさい!いつも黙々と集中して静かに頑張っているでしょう!」と言われたり。

 

クラスは変な空気になるし、「黙りたくて黙っているわけじゃないんだけどな~」と思いましたね。

 

このように、「わざと話さないわけではない」というのがなかなか理解されませんでした。性格が大人しい子なら「内弁慶なだけ」「人見知り」と片付けられてしまうのでしょうね。

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抜け出すのが難しい

場面緘黙は「話すことが出来ない」のでなく、「自分が話しているのを誰かに見られることが怖い」状態です。

 

でも話さない状態が続くと、「今自分が声を発するとみんなに注目される」「何て言われるだろう」と周りの反応が気になって余計に怖くなります。

 

話せない期間が長引けば長引く程、ますますハードルは上がり、話し出すのにかなりの勇気が必要になります。さらに小学校~中学校ってほとんど同じメンバーが続くので、急にキャラを変えるのは難しいですよね。

 

また、話さないでいると人との交流が減っていき、より話し出す機会が減っていきます。

 

このように一度話せなくなると、その状態から抜け出すのがとても難しいのです。

 

抜け出そうともがいてみても

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私は休み時間、トイレに行くたびに「このドアを抜けたら話せるようになる。大丈夫、絶対に話すんだ」と繰り返し自分におまじないをかけていましたが、いざ教室に入ると全然だめでした。

 

まるで石にされる呪文をかけられたかのように、のども表情もこわばるばかり。

 

あとは楽しくおしゃべりしているクラスメイトを観察しながら「こう言われたらこう返すといい」など自分が話すシミュレーションを何十パターンも作り、イメトレを繰り返したり。

 

ただ何を試してみても失敗に終わり、「早く元に戻りたい」と願って途方に暮れるしかありませんでした。

 

話すことが出来ない原因がさっぱりわからず、「何でこんな当たり前のことができないの?」「何で自分だけ出来ないの?」「自分は弱いやつなんだ」とただただ苦しかった。

 

いじめや不登校につながる恐れも

やはり話さないでいると、周りに「何で話さないの?」と聞かれたり「何か言ってみて。あ、って言って」と言われたり。

 

からかわれることもあって、大人しい子だといじめを受けるリスクが高まります。何を言われても反論することが出来ないのですから。

 

場面緘黙は先程述べた私の体験のように、誤解や理不尽な扱いを受けて悲しく辛い思いをすることが多いです。

 

頑張ってみてもどうにもならない無力感、自分だけが出来ないことに対する自分への怒り、自責の念。周囲とうまくコミュニケーションがとれず、孤立することもあります。

 

このため、うつや不安が強くなったり不登校や人間不信、など二次的な問題が生じやすいのです。

 

早期の対処を

よく「大人になれば自然に治る」と言われますが、不登校うつ病にもつながるので早期発見と早目の対応が必要です。

 

症状が長引くとこの時期に大切な、人とのコミュニケーションをとる練習の機会が奪われます。

 

例え自然に治って発話出来るようになったとしても、大人になってから社会不安障害など別の問題に悩まされることも多く、早い段階での適切な対処が重要です。

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克服できたきっかけ

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私が場面緘黙を克服できたのは、ある同級生の女の子のおかげ。本当にたまたまで、幸運だったと思います。

 

その子はなぜか私のことを非常に気に入ってくれて、隣のクラスだったにも関わらず毎休み時間に私のところに遊びに来てくれました。

 

その頃は先生からの理不尽な扱いと何をやっても改善しない状態に自暴自棄な状態。私が無表情で何の言葉も反応も返さないにも関わらず、それでも彼女はやってきて楽しそうにおしゃべりを続けるのでした。

 

面倒になって休み時間になるとすぐに私は教室を飛び出し、学校内をうろうろして逃げるようになるのですが、彼女は追いかけてきました。

 

私たちは休み時間のたびに鬼ごっこ、かくれんぼ状態。うざいし「いいかげんにして!」と紙に書いて伝えたこともありましたが、彼女は気にせず毎時間やってきました。

 

ある日いつものように逃げて、休み時間も終わろうとしていたので教室に戻りました。机に座ろうとした瞬間、潜んでいた彼女に後ろから強烈に脇腹をくすぐられて、私は思わず「きゃはは!」と声を出してしまいました。

 

ざわつく教室。にやりとする彼女。「おもちが声を出した!」クラスメイトが駆け寄ってきて「もう1回!」と話しかけてきます。私の顔はたぶん真っ赤で、火が出そうでした。

 

先生が来てすぐ授業が始まりました。「おもちが、おもちがしゃべった!」とどこかで聞いたようなセリフで男子が先生に報告した記憶があるのですが、先生は「そうなんだ、よかったね」とあっさり。

 

その後、普通に授業が進みました。

「あれ、意外と何ともない・・・?」

 

最初こそ周りはざわつきましたが、しばらくするといつもの日常。自分が思っているより周りはそんなに気にしていないのかもしれない。私の中で変化があったように感じました。

 

それからは彼女とたわむれながら、少しずつ話せるように。表情もやわらかくなってきました。

 

だんだんと話す範囲を広げていき、転校してから2年弱。やっと普通の状態に戻ることが出来ました。

 

最後の運動会では選手宣誓も務め、学校全員の前で大声を出すまでに。

 

選手宣誓のときに彼女をみると相変わらずニヤリとしていましたし、私を気にかけてくれていた図書館の先生は泣いていました。

 

大人になった現在

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場面緘黙症であったことに加え、家庭環境も複雑で良くなかったので一時期は心療内科にお世話になりましたが、今では良くなっています。

 

この時も思いましたが、やはり一人で無理しないで専門家に頼ることは大切なことです。

 

新しい環境に慣れるのが苦手なことや、人付き合いが苦手というのは少し残るものの、ほぼ普通の人と同じようにコミュニケーションをとることが出来ています。仕事だって接客業に近い、人と関わるお仕事をしています。

 

当時の自分からは全く考えられません。とても嬉しいことです。

 

終わりに

場面緘黙で全く話せなくてもいじめられることはなかったし、私は本当に周りに恵まれていたと思います。

 

私はたまたまラッキーで改善しましたが、同じように追いかけまわされる状況が逆にプレッシャーとなり悪化する人もいるかもしれません。

 

場面緘黙は専門家の知識、周囲の理解、その子に合ったサポートが必要です。「もしかして・・・」と思ったなら、すぐに専門の相談機関や学校に相談するのをおすすめします。

 

未だに知らない人も多いので、説明に苦労するかもしれません。場面緘黙に関する資料を一緒に見せるといいと思います。サイトを印刷して持って行ったり、リーフレットを持参するのが簡単ですね。

 

以下のサイトがおすすめです。場面緘黙の詳しい情報が載っています。

かんもくネット〜場面緘黙児支援のための情報交換ネットワーク団体〜

 

場面緘黙であった当時は自分が何でこんな状態になっているのかがわからず、良くなるのか、ずっとこのままなのかと出口が見えないトンネルの中にいるようで怖かったです。

 

自分だけがおかしいのではなくてこれが「場面緘黙症」というちゃんと名前がついている症状で、他にも苦しんでいる人がいると知っているだけで確実に楽になっていたと思います。

 

私の体験を綴ることで「良くなるんだ」「話せるようになるんだ」と今苦しんでいる人の心が、少しでも軽くなるお手伝いが出来ればうれしいです。

 

そして場面緘黙を知り、理解してくれる人が増えますように。「こんな人もいるんだ、わざとじゃないんだ」と知っていただけるだけで幸いです。

 

入門用に。漫画なのでわかりやすいです。

こちらも気軽に読めておすすめ。

子ども向け。場面緘黙の子が自分の症状を理解するのに役立つと思います。他の子への理解にも。

 

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